closing eyes〜瞳を閉じて〜

22:終幕への扉







「光一ぃっ!!!!」

「何っ!…っ!?」

ハルカの掌に銀色に光る短刀が深く刺さる。

空間を切り裂き、光一の頭を貫通するはずだった弾はセメントの天井へと埋まり、銃は廊下を滑った。

「俺の得物、返せよっ!!」

長瀬はその長身を上手く滑らせると、ハルカの手に握られていた日本刀を引ったくる。

それと入れ替わるように玲と悠はナイフをかざし、ハルカへと詰め寄った。

「君たちは…確か上層のE.P.たちによって殺されたはず…だが?」

ハルカは傷だらけの長瀬たちを見やって、信じられないとでも言うかのように笑う。

「さぁな。しかしあんな銃を撃ちまくるだけしか能のない奴らが”E.P.”だって言うんなら、剛は化け物並の強さだろ?」

長瀬は不敵に笑うと、奪い返した日本刀をすらりと抜いた。

「まだ…人1人くらい斬る強度は残ってるだろ……なぁ、親父。」

1人ごとのように呟いて、長瀬は光一へと視線を移す。

光一は剛を抱きしめたまま、扉の前から動かずに立っていた。

こちらからは剛の顔しか見えないが、剛も光一の肩に顔を埋めて、動かない。

「光一…」

長瀬は辛そうに目を細めると、ぐっと日本刀を握った。

「くっくっく…」

「何がおかしい?ミスター…いや、ハルカさん?」

玲は喉の奥で笑うハルカを訝しげに見ると、ナイフをその喉元まで突きつけた。

「お前たちは何がしたい?ここで私を殺しても剛は元には戻らない。一生私の籠に囚われたままだ。

 例え昔の男が傍に居ようとも、剛は”愛するもの”を殺すだろう。それでも、剛を連れて行くつもりか?

 剛を外に連れ出して、お前たちを殺させて、たった一人あの廃墟の世界で壊れさせるつもりか?

 それはお前たちの我侭。剛にとって、それ以上残酷なことはない。

 それに今の剛は全てを忘れてしまっている。薬の副作用でね。」

「…どう言うことだ?」

長瀬は日本刀の切っ先をハルカの眉間に当てる。そこから赤が一筋流れた。

20XX controlは人を操作出来る作用を持つ、私の最高傑作品。しかしそれは言わば麻薬の一種であり、副作用が存在する。

 大量に服用すればその者は”恐怖感・痛み”だけでなく”記憶・人格”を忘れる。

 剛はもうE.P.の頂点であり、私の傑作を試作品から服用している。それゆえに、もうお前たちの知っている”堂本剛”は居ない。

”私の命令に忠実に従い、自分を裏切る者を殺す殺人兵器”の剛でしかない。お前らのことなど、微塵として覚えていないはずだ。

 ただ……あの光一という男のことだけは…覚えていたらしいがな。それでも、剛は私には逆らわない。」

ハルカは掌に突き刺さった短刀を抜くと、剛の足下へと投げた。

そして自分に突きつけられているものを気にも留めないかのように叫ぶ。

「さぁ、剛!その目の前の男をそれで殺してお前はここに戻って来い。

 ”全てを忘れてしまっている”お前が帰る場所はそこじゃない。俺の元へ、帰ってくるんだ。」

剛の足下でハルカの血に濡れたナイフが鈍く光る。

「さぁ!剛、早くしなさい!」



























剛の身体がすっと動いた。

「光一!剛を離せ!光一っ!!!!」

長瀬が悲痛に叫ぶも、光一は微動だにしない。

「くっそ!っ!!!???」

長瀬が走りだそうとしたところに、背後で機械的な音が聞こえた。

「遅かったじゃないか、B。危うく、私が殺されるところだったよ。」

「申し訳ありません。」

Bと呼ばれた男は長瀬たちに銃口を向け、その動きを止めさせる。

身動きの取れない状況にハルカは口角で哂った。

「安心しろ。剛がお前たちのリーダーを殺したあとに、ちゃんと君たちも後を追わせてやる。」





俯いたまま、剛は足下のナイフを拾い上げる。

そしてそれを持ったまま、光一を酷く優しく





















抱きしめた ――――























「光一っ!!!!!」

光一の身体が斜めに傾き、そのまま崩れ落ちる。

剛の手には刀身全てを赤く染めたナイフ。

衣服は返り血で真っ赤に染まっていた。

「…剛…お前何したかわかって」

「わかってないと言ったはずだ。剛は私の命令が全て……さぁ、剛、よくやった。戻っておいで。」

「剛…」

長瀬は切なそうに顔をゆがめて、剛を見やった。

剛は血塗れのナイフを持ち、顔を上げないままこちらへと歩み寄る。

そして長瀬は剛が横を通り過ぎるのを何も言えずにただ立っていた。
































「              」
































「え?」

長瀬は通り過ぎた剛に振り返る。

「ナイフを捨てなさい」

Bは玲と悠に銃口を移し、ナイフを捨てさせた。

「光一ぃっ!!」

悠はそのまま倒れている光一の元へ走ると、崩れるように光一へ繕う。

玲はその場に座り込むと、小さく舌打ちをした。

「いい子だね、剛。本当にお前は私の愛すべき者だよ。さぁ、そのナイフで残りの奴らも消してあげなさい。

 それがお前に出来る、せめてもの恩返しだ。それとも、ナイフより銃の方が扱い易いか?」

ハルカの言葉に剛は頷く。

ハルカは口角で笑うと、先程まで自分が使っていた銃を拾い上げ剛へと手渡した。

剛は手馴れた手付きで銃弾の数を確かめると、銃を長瀬に向けて構える。

「剛……お前……まさか」

剛がそこで初めて、顔を上げる。








頬は幾筋もの涙で濡れ、剛は微笑んでいた。

「さぁ、躊躇うことはない。剛、やりなさい。」

ハルカやBからは剛の表情は見えない。

剛は長瀬たちに視線を巡らせ、最後に倒れている光一へと視線をやった。

そして微かに震えている長瀬に再び微笑むと、声には出さず唇だけで言葉を象る。

「剛…?お前…やめろ!!」

長瀬が剛を止めようとした時にはすでに遅く、剛は銃を構えたまま、ハルカへと向き直った。










ガウンッッ!!ガンッ!!









「…つよ…し……?」

ハルカの心臓部に二発の銃弾が刺さる。

ハルカはそのまま大量の血液を吐き出すと、薄く哂ったまま倒れた。

「裏切り者が!!」

Bが剛に向けて引鉄を引こうとした時、その掌に銃弾が押し込まれる。

「がぁぁぁぁっ!!!」

Bの手からは銃が落ち、手の甲から血を流しながらBは吼えた。

「おのれぇっ!!」

Bは銃弾の放たれた方を睨みつけた。

そこには刺されたはずの光一。どこに隠し持っていたのか、銃口をBへと向け引鉄に指を掛けている。

「取りあえず、お前も逝っとけや。」

光一は引鉄を引くと、Bはものを言う間もなく巨大な図体をセメントの床に沈ませた。








「光一!?お前生きて…」

「剛っ!!」

長瀬の言葉を遮るように光一は走り出す。

その先には今にも倒れそうになっている剛がいた。

光一はその身体を寸でで抱きとめ、支える。

そして自分の着ていた服の袖を引きちぎると、剛の手首に巻いた。

そこからは絶え間なく血が流れ、宛がった布もすぐに真っ赤に染まり、赤を滴らせる。

光一はそれに悔しそうに唇を噛むと、剛を抱きしめた。

「無茶して……死んだらどうすんねん!」

光一の言葉に剛は蒼白い顔で笑うと、力なく息を吐いた。

「…やって……出血量が少なかったら刺してへんってバレるやんけ……」

長瀬はその言葉に全てが彼らの芝居だったと言うことを理解する。

それは玲や悠も同じようで、悲痛そうに眉を顰めていた。

息も絶え絶えになりながら、剛は長瀬の方に視線を移す。

目が合うと、長瀬は途端に涙腺が緩んだかのよう涙を流した。

「長瀬ぇ〜…ごめんな?」

剛はそれだけ言うと微笑む。

「剛ぃっ!!」

長瀬は剛へと駆け寄ると、剛を抱きしめようとした。

が、光一の手によって阻まれ、悲しそうに両手を動かす。

「・・・・君たちも・・・ごめんな……迷惑かけてもうて…」

剛は玲や悠に視線を向けると、同じように微笑む。

玲や悠は泣きはしなかったものの(悠は泣きすぎで泣いてるのか何なのかわからない状態だったが)

優しそうに目を細めて首を振った。

剛は一度大きく息を吐いて、自分を支えている光一を見る。

光一は何かを聞き返すように、優しく首を傾げると剛は微笑った。

「……みんなをここまで連れ込んでからに……引き摺り回したりしたんやないの?」

「うっわ。心外やなぁ〜。折角王子が姫を向かえに来たんやで?もっとあるやろ?」

「誰が姫やねん…」

剛は光一の言葉に苦笑しながら、そっとその身体を起こした。

そして、光一の唇に自分を唇を近づける。












剛からのキスは微かな鉄錆の味 ―――











「よぉわかっとるやん。さすが俺の姫やな。」

「だから、誰が姫やねん」

光一は笑うと、そっと剛を抱え立ち上がった。

「まぁまぁ姫様。小言は外に出てから聞きましょう?それよりもこんな血生臭いところから…さっさとおさらばや。」

光一は血を流し倒れている二人にあからさまな嫌悪の表情をすると、剛を抱えたままそっとその場を立ち去ろうとする。

長瀬たちもそれに続き、それぞれ自分の得物を拾い上げて懐に仕舞った。

「あ。ちょっと待って。」

剛は光一を止める。

「なぁ、下ろしてくれへん?自分の足で……ここから出たいんや。誰の意志でもない、自分の意志で。」

「でもお前、そんなふらふらで歩けへんやろ。やめとけ。」

剛の要求に光一は手首に巻かれた布から滴り落ちる血を見ながら、言う。

「苦しくても自分でここから出んと意味無い気がすんねん。ちゃんと自分の意志で、足で。」

「やけど」

「頼む。」

剛の真剣な眼差しに、光一は小さく溜息をつくとそっと剛を床に下ろした。

そして剛のふらつく身体を腕で支える。

「支えるくらいは俺が関与してもえええやろ?」

光一の言葉に剛は『ありがとう。』と小さく笑った。




「それじゃ、行くか。あの扉出たら外の世界はすぐだろ?さっさとこの固い床から柔らかい砂の上に行こうぜ。」

「さすが、長瀬は何でもポジティブ志向だな。まぁ、確かにこんな固い床よりは砂の方が、マシか。」

「砂の上なら絵も描けるしね〜♪」
 
「いや、悠。砂漠の砂にお絵かきは中々難しいと思うぞ?」

「え?そうかな?」

長瀬たちはそれぞれ勝手に話を膨らませると、さっさと扉の前まで行く。

その様子に剛は楽しそうに笑うと、光一の腕を掴んだ。

「ずっと一緒におれるかな……僕、この人たちを…光一を殺すんやないかな…」

「剛」

光一が剛の身体を強く支えると、剛は光一を見た。

光一の瞳は強い光を放ち、剛を見つめる。

「俺はお前に殺されたりせぇへん。俺はお前よりも強いからな。」

強い光を瞳に携えながら、おどけた口調で言う光一に剛は『何や、それ』と笑うと、自分を支える腕にキスを落とした。

光一はくしゃりと剛の黒髪を撫でる。



「光一、剛!さっさと行こうぜ!!今日は晴天!!すっげ〜青空!!」



長瀬の嬉々とした声に光一は呆れ、剛は笑った。

「んじゃ、行くか。」

光一に剛は軽く頷くと、震える足で一歩踏み出した。
































その時だった。



バンッ ――――



「っ!?」

剛の身体が前のめりになる。

そしてそのまま支えていた光一の腕の中に倒れこんだ。

腹部から鮮血が滴る。

「このっ!!!」

光一は懐から銃を抜くと、ハルカに向けてありったけの銃弾を撃ち込んだ。

その度にハルカの身体は跳ね、銃弾が全て撃ち込まれた頃にはぱたりと事切れる。

それと同時に剛の身体も重みを増し、光一の腕を掴んでいた腕が重力に従って落ちた。













「……剛っ?」

剛は何も言わない。力なくその血まみれの身体を光一に預けていた。


「剛!?」

長瀬たちも驚きを隠せない様子で走り寄る。



何度揺すっても剛は答えない。




光一は剛の身体を掻き抱いた。
















「剛ぃぃっ!!!!!!」
















悲痛な声がセメントの廊下に反響した。

























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