弾の放たれた銃口から硝煙が上がる。
「…嘘やん………」
パラパラと舞う破片の向こうで、剛は目の前の光一を見た。
二人の間にあった厚く透明な壁が小さな欠片となって床に散らばる。
壊れないはずの壁が、あっけなく崩れ去った ――――
closing eyes〜瞳を閉じて〜
19:逃走
まさかたった一回でこの壁が崩れるとは思いもしなかった。
光一の思考もあまりの壁の脆さに一旦停止をする。
しかし剛の足先に最後の破片が落ちた瞬間、光一はひび割れていた部分を殴った。
殴る度にパラパラと壁が崩れていく ――――
ひび割れていた剛の姿が消え、彼の上半身まで鮮明に捕らえられるようになった時、光一は剛の身体を思い切り抱きすくめた。
「っ!」
剛の肩が小さく揺れる。
光一の身体に、心に染み渡る剛の体温はあの頃と変わらない。
それでも再会の余韻にいつまでも浸っていられるほどの時間は無い ――――
光一が身体を離すと、剛もそっと後ろに下がった。
妨げのない視線が絡み合う。
お互いに何も言わない お互いに何も…言わない
もう後戻りなんか ―――― しない
剛は思い切り壁を蹴り砕く。
一度崩れ去ってしまった壁を壊すことなど容易なことだった。
数回蹴るだけで、人一人通れるほどの大穴が空く。
剛は振り返り、ベットの上に散らばる白い錠剤に向けて、引き金を引いた。
ガァンッ
銃弾は柔らかなベットに吸い込まれ、白い羽毛が舞う。
ヒラヒラと最後の白い羽が地に堕ちたとき、
そこにはユラユラと揺れる扉と、床一面に散った羽と
砕けた錠剤が残っていた ―――――
人を傷つけることを”楽しい”なんて思ったことは無い。
この身に降りかかる血は染み込み、身体を重くすることしかなかった。
例えその血を洗い流そうとも、身体に感じる重みはいつまでも流されることは無かった。
それでも ―――
剛がいる。彼がいるだけでこんなにも身体が軽くなってしまうのは、自分がこの世界に染まってしまったからだろうか。
血に染まりすぎて ― 絶対に慣れる事はないと思っていたこの世界に、慣れてしまったからだろうか。
それでもいい。もしも人が”狂気だ”と指をさし、哂おうとも
振り返らない。前しか見ない。
己が道を進むのみ。剛と共に。
剛の放った銃弾が最後のポリスを貫いた。
目の前にひれ伏すポリスたちは皆、足から血を流し、呻いている。
「行くで、光一。この先が外に出るためには一番近い。」
剛の指し示す先には薄暗い廊下が続いていた。
鉄製の扉の鍵を撃ち砕き、扉を蹴り開ける。
遠くに見える小さな光が出口をはっきりと作り出していた。
出口に向かおうと数歩進んだ時、剛がピタリと歩みを止める。
そして空いている片手で拳と作ると、ポツリと呟いた。
―― さよなら ――
それは内の世界に残した、家族に言ったのか。彼を狂わせたハルカに言ったのか。
それとも……
血が滲むのではないかというくらいにまで握られた拳ごと、掌で覆う。
少し驚いたように開かれた目に微笑んで、剛の手をとり、光まで走った。
あの時、どうして微笑んだのか、わからない。
彼が後ろめたく感じる何かに嫉妬して、それをかき消したかったのか。
それとも彼が後ろめたく感じるほどのものを奪うことが出来たことの喜びか。
ただ一つだけ確実なのは
あの時の俺たちはまだ何もわかっていなかった ――― これから始まるGAMEに
いや、気付いていたのかもしれない ―― それでも何としてでも逃れたかったんだ。
走る俺たちの背後で響く固い靴音から ―――
狂気の始まりが 中の世界と外の世界を繋ぐ日
最後の銃声が 空虚の空に響く。
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