closing eyes〜瞳を閉じて〜
18:護りの壁 妨げの壁
白いベットに座っている剛は昔のままの瞳でこっちを見ていた。
「…つよ……」
掠れた声で光一は名前を紡ぐ。
俺の声が壁に吸い込まれると同時に、剛は昔と同じように微笑んだ ―――
砂漠の中、両親も何もかも失って、剛を求めて歩いた。
途中で疲れきった長瀬に出逢い、一人ではなくなっても心のどこかで剛を探していた。
生存争いをしている時も、ナイフで初めて人を刺した時も、拳銃を手にした時も…
剛と出会うために生きて、自分を護っていた。
全ては ― この微笑のために
「剛っ!!」
開け放ったドアをそのままに、光一は剛の元へと走る。
探しても探しても掴むことの出来なかった彼がそこにいる。
あと少し。
剛の体温を感じることの出来場所まであと数メートルのところで
薄く煌く何かが、光一の足を止めさせた。
「…何や…これ…」
剛まであと1メートル強のところで行き止まる。
そっと手を付けばそこには”透明な壁”
「その壁はドームと同じもんやから…絶対破れへんよ。」
微笑んだまま剛は静かに言う。
その表情が微かに悲しみに濡れたように見えて…俺は強く壁に力をこめた。
「剛…」
「何で…何で来てもうたん?なぁ…光一」
「え…」
予想だにしなかった剛の言葉に光一は言葉を失った。
剛の頬を一筋の涙が伝う。
それでも剛は微笑んだまま、表情を崩さない。
「折角…折角忘れよ思っとったのに………意味無いやんけ…」
独り言のように呟いて、剛は更に頬を濡らしていった。
はらはらと涙が舞う
「剛…」
「ここまで来てもうたってことは、僕のこと連れ出そうとしとるん?」
「当たり前や。婆さんから全部聞いたで。この牢獄からお前を逃がしたる」
「無理や。僕は逃げられへん。」
「何でやねん!あいつ…ハルカとか言う兄貴のことなら俺らがどうにかしたる!やから」
「もしも光一とここを逃げても僕は…きっと光一を殺してここに戻ってくる」
「つよ」
「リクばぁから聞いたんやろ。この薬のこと…。」
剛はポケットから錠剤を出すと、光一に見えるように壁に押付けた。
「それ…お前」
「僕はもうこれナシでは生きてられへんねん。今でもほら…薬が切れるだけで全身が震えてきよる。」
錠剤を持つ剛の手はガタガタと震え、壁についている掌も震えを力で押さえつけているのか、色を失っていた。
「薬がないと…怖くてしゃあないねん。人殺しをしてる場面が浮かんできて…怖いんや。」
そう言っているうちにも剛の膝からは力が抜け、壁に両手を着いて身体を支える。
支えてやりたいのに 透明な壁が邪魔をして剛の身体を支えることさえ出来ない ―――
震える彼の身体すら ―――
「それに……僕は”信頼してる人ほど殺したくなる”んや。好きな人ほど……消えて欲しいものは…無い」
剛の言葉がやけに重く響いた。
リュウが言っていた。。。剛が人を殺してしまう理由 ―――
”信頼していた人間から裏切られたときの恐怖感”
それが剛の人を殺してしまう理由だった。
「きっとこの壁が無かったら…僕は光一を殺してまうよ…他の人間を殺している銃と同じ銃で…」
コツンと壁に額をつけて、剛は苦しそうに息を吐いた。
「…僕は…殺したくないんや……お前を……昔の思い出を…やから」
― 僕は一緒に逃げれない ―
光一は何も言えずに剛の言葉をただ聞いていた。
しかし強く拳を握り締めたあと、すっと数歩後ろに下がる。
「剛…言いたいことはそれだけか?そんだけやったら…もう何も言いなや?」
チャキ
光一は自分の懐から拳銃を出すと、何度か調子を確認するように数回銃身を撫でた。
そして小さく息を吐いて、銃口を壁に向けた。
「光一、お前何して」
ガウンッ
壁に小さな傷が現れる。
しかしそれは傷としかならず、壁はびくともしなかった。
ガウン
ガウン
ガウン
それでも光一は剛の制止の言葉も聞かずに、銃を何度も撃ち込む。
「無駄や!そんなもんで壁は壊れへん!!それに僕の話を聞いとったんか!?僕は光一とは一緒に行けへ」
「それはお前の言い分やろ。俺はお前を連れて帰るって長瀬たちに言うてもうたんや。今更取り消しには出来へん。」
光一は剛の言葉を遮るように言うと、愛銃を持ち直し、再び構えて撃つ。
「なっ!?そんなん知らへんわ!!それに!僕はこの壁が無くなれば光一を殺してまうかもしれへん!
そんなん…死んでも嫌や!!」
カチャリ
壁には無数の傷がつき、小さな亀裂が入っていた。
しかしそれでもまだ決定打には至らない。
光一は息を切らしている剛に視線を戻すと、鋭い視線のまま見つめる。
そして次の言葉に剛は大きな目を更に大きく見開いた。
「俺はお前に殺されたりせぇへんし、殺されるつもりもないわ。それに決めたんや。」
「好きなもんは全部俺の傍に置いとく。そいつの意志なんて、それから変えて見せるわ。」
光一は得意げに言うと、銃を持ち替えて、再び引き金を引いた。
剛は目を見開いたまま立ちすくむ。
鋭い銃声が冷たい壁に何度も響き渡った。
得意げに笑った光一の顔に、剛は一瞬昔に戻ったような、そんな感覚に陥った。
振り切れない恐怖に剛は顔を顰める。
― 光一を殺してしまいそうな自分が怖い 薬がない時の恐怖に耐えられないかもしれない ―
そうならないためにも…光一のことは忘れようと思っていた。
信頼さえも消えてしまうほど、頭の隅にさえ残さないように ―――
それなのに
忘れられなかったんだ どうしても…
君の綺麗な微笑が頭に焼きついて…離れなかった
信頼というものよりも深い愛情は…消え失せなんかしなかった ――――
剛はぐっと唇を噛締めると、ベットの上に転がっていた拳銃を手に取った。
そしてゆっくりと無心に弾を放っている光一に近づくとその銃口を追って、合わせる。
すると光一は一瞬だけ驚いたように動きを止めたが、すぐに口の端で笑うと弾の軌道を剛の銃口へと合わせた。
「いくで?」
光一の言葉に剛は頷く。
「せーの」
ガウンッ
より大きな銃声が響き渡った ―――
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