どうしてこんなにも愛しく想ってしまうんだろう



ほら。今でもキミの顔が僕の頭から離れない ―――



あれだけ探しても見つからなくて。あれだけ呼んでも届かなくて。



ずっと前に諦めたはずだったのに、大人になったキミを見て



僕は  思い出してしまったんだ。





昔抱いていた…いや、今もどこかで抱いているキミへの












この想いを……。
















closing eyes〜瞳を閉じて〜

16:裏と表





















身体がガタガタと震える。

その度にベットの古くなったスプリングが何度も鳴いていた。

「…ぁ……ぃや……はぁっ…」

掌が何度も悪魔の薬に伸びる。

でも微かに残った理性で、その掌を再びベットに沈めた。





もしかしたら何時か、また元の自分に戻れるかもしれない ――


真っ赤な液体に全身を染めていない頃の…自分に ―――





そんな叶わない夢でも…望んでしまうんだ………


  太陽の下で笑っていたキミの傍で再び笑える日を あの屋上を ―――








「っはぁ……はっ…光一…ごめんな……こんな……未練…がましく・・て……ご…めん…」

自嘲の笑みを浮かべて、呟いた。







嘆きとも取れる呟きはセメントの壁に吸い込まれ       消える。
















「剛。どうしたんだ?最近薬を飲まないって、Bが困っていたよ?あんなに毎日いい子にして飲んでたじゃないか。」

ハルカは呆れの表情で蹲る剛に近づいた。

その声が聞こえているのか、いないのか。剛は顔を上げようとはせず、ただガタガタと震えている。

「しょうがないな…言うことを聞かなきゃダメだろ、剛。」

ハルカは懐から細い筒状のものを取り出す。

ポンと小気味良い音を立てて開けられたその中に納まっているのは1本の細い注射器。

「ほら。剛、腕を出しなさい。」

それでも剛は震える身体を抱きしめたまま動こうとしない。むしろ緩く首を振って否定の意を示す。

「剛……お前が薬を飲もうとしないのはあの男の所為か?あの…堂本光一の所為なのか?」

剛の身体に一瞬違う震えが走る。

ハルカは剛の顎を捉え、ぐっと上に持ち上げた。

カチカチと歯を鳴らして、剛はハルカを見上げる。

「剛…あの男の所為でお前が言うことを聞かない悪い子になったと言うのなら、

 今すぐにでも別のE.P.を派遣して始末させてもいいんだぞ?お前よりは使えなくとも、数人送れば、あいつらなんて簡単に」

「…こ…光一は…関係…あらへんっ……」

「それなら……ちゃんといい子にできるな?」

ハルカの言葉に剛は薄く唇を噛締めると、震える腕をハルカへ差し出した。

「いい子だね、剛。ちょっと痛いだけだから…安心しなさい。」

ハルカは微笑むと、注射器を剛の腕に刺す。

ゆっくりと中の液体が剛の血液に入り込み、身体を蝕んでいく。

ハルカはそっと剛の腕から針を抜くと、満足げに笑った。

剛の身体から力が抜け、震えが収まっていく。

いつもと同じように…震えが収まり、瞳から色が消えていく ―――

そう思っていた矢先

「…っ!?」

剛の身体が大きく揺れ、ひゅっと小さく喉が啼く。

「…!!??……な…何でや……は、ルカ兄さんっ……」

剛の腕が助けを求めるようにハルカへと向けられた。

しかしハルカはその腕から逃れると、ベットよりも離れた所で立ち止まる。

「はっぁ……はっ!!……かはっ……ハルカ…兄さ…」

剛は口を大きく開け、何とか呼吸を取り戻そうとするが、薬の効力に叶うはずもなく、

まるで海中から釣り上げられた魚が地上で呼吸を求めるように唇が震えるだけだった。

「剛、お前が悪いんだよ?俺の言うことを聞かないお前が。」

「…はっ……はぁっ……げほっ…」

「これはお仕置きだ、剛。もう二度と俺に逆らうんじゃない。次に逆らえば…今度は本当に呼吸を止めるよ?」

「…っは……げはっ……っ……」

宙を彷徨っていた剛の腕が地に落ちる。

ハルカは妖しい微笑で剛に近づくと、すでに光を失いかけている瞳を見て笑った。

「剛…思うように呼吸が出来ないのは苦しいか?」

愛情と優しさの篭った声音で囁く狂気の言葉。

ハルカはもう1本注射器を取り出すと、地に落ちた腕に刺した。

次第に剛の呼吸が元に戻り、ゆっくりと瞳が閉じていく。

ハルカはその瞳が完全に閉じられるまでを見届けると、注射器を抜き、その部分に口付けをした。

そして、狂気を含んだ瞳で言い放つ。

「剛。お前は絶対に誰にも渡さないよ。そう…絶対に」

艶やかな黒髪を一束掴み、その中に顔を埋める。

「…堂本光一……あいつも…剛の気になる人間みたいだな……だったら簡単なことだ。未練が残らないように…」





オレガ ケシテアゲヨウ






ドアの閉まる音と共に、室内には剛とハルカのその言葉だけが残った。



完全に足音が聞こえなくなる頃


剛の目尻に溜まっていた雫が、一瞬のうちに白いベットシーツに吸い込まれた。










願いは………叶わない ――――





































「あそこがE.P.のいる本部だ。上層部はその向こう。多分ハルカは上層部の手前にいると思う。

 あそこがE.P.の司令塔みたいなもんだから。」

「へぇ〜さすが元E.P.の一番手な玲くん!よく裏事情を知っているなぁ〜」

「…なんかその言い方ちょっと腹立つんだけどιま、いいか。ホントのことだし。」

「じゃ、玲くん。顔パスで入れない」

「入れるわけないだろ、このアホ」

「ちょおお前らそこでじゃれんな!バレたらホンマに頭撃ち抜くからな。」

『ゴメンナサイ』

「光一怖っ!!」

「悠、お前もしょうもないこと言うんやない。」

人通りの多い大通りで男4人がこそこそと会話をする。

一見見てみれば怪しい4人組、よく見てみても怪しい4人組。

それは言うまでもなく光一、長瀬、玲、悠の4人で。

人々は不審な目で見ながらも、すぐに興味がなさそうに視線をそらした。

この4人組も視線など気にせず、会話を続ける。

「なんかさ〜、光一怖くなってないか?」

「あ〜、俺が素直になれって言ったらこうなっちった。。。」

『お前の所為かよ!』

玲と悠が静かに長瀬を睨む。

が、すぐにお互いに笑うと、通りの向こうを睨む光一の後姿を見た。

「ま、こっちのが光一らしいって気もするけどな」

「確かに。ちょっとカッコいいよね〜」

『悠。やめとけ。アイツに対応できるのは剛だけだから。』

「へ?」


「おい。お前ら煩いっちゅ〜ねん。行くで。やっとポリスの交代時間や。」

「え。ってまたポリスの格好で乗り込む気?」

「当たり前や。それが一番ええやろ?」

「……光一…後先考えて」

「行くで。」

「…ないね。」

「そういえば…光一後先考えないときも…あったかも・・・」

「おいおい」

「ま…・……光一らしいか…」





長瀬は笑うと、日本刀を握り締めた。

光一の後姿を追う。

「剛のことになると…誰よりも必死だったもんな。震災の時も…あの時の悔しさ。晴らさないとな。光一。」


長瀬の言葉に光一は振り返ることなく、拳を握り締めた。















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